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2019/10/13 台風19号対応に地域力を見た!

 昨晩から台風19号の進路もさることながら雨と風が今世紀最大とまで言われるほどの勢力が強い台風が日本列島に大きな爪痕を残した。昨晩は雨と風の両方から攻められ?寝付けないまま朝を迎えた。
 降雨(豪雨)時には、気になっている一級河川の増水や低地での雨水排水の不具合による冠水など、
雨は何かと地域の脆弱なところを攻めてくる。
 大河信濃川の本流である千曲川(長野県)が氾濫し、一気に長岡市内の信濃川の堤防まで水かさが増してきている。
このままでは町内会への浸水は時間の問題…!であり、町内会長と役員が打ち合わせをしているところに市役所の担当者も来てくれた。信濃川の水位が全く変わらなく、むしろ朝方に比較すると増えているのではないか?このままでは町内の住居に越水した水が住宅部分に押し寄せてくる・・・。13時~河川の水が今にもあふれそうな市道に土のうを積んで道路を超えて来るのだけでも防ごうという話になり私と市役所の担当で砂の手配や袋の手配を行うこととした。
(砂は4tトラック2台、土のう袋400枚が⇒4tトラック3台、土のう袋さらに400枚の計800枚)
 13時近くになると住民がスコップを片手に集まってきたその数、な、何と約60名。

若手も多く参加してくれた。砂の搬入が間に合わないくらいに一気に土のうづくりに取り組み、作っては積みを繰り返し写真のとおりに積み上げた。
町内会長の一声に嫌な顔一つせずに集まってくれた住民の皆さんの団結力と地域を守る意識の高さを知らされた。すがすがしい顔つきで現場を離れる住民の誇らしげな姿を目に焼き付け次の現場へと向かった。
大変お疲れさまでした。

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2019/07/13 6月議会レポート作成しました

 梅雨が明けずに九州地方では相変わらずの雨模様・・・。
参議院選挙の真っただ中、各候補とも長岡中心部である市民プラザアオーレ長岡前が連日にぎやかになっている。

さて、4月の改選後、5月臨時市議会、6月定例市議会が開催されましたので、その報告をしながら今後課題となる地方創生第2案、行財政改革の検討に入るとのこと・・・
行革の名のもとに、医療・福祉部門や教育関係などの制度改正で市民が痛みを伴ったのでは本末転倒である。
「まず魁より始めよ」の諺通りやるべきことは先ずは市役所内部の徹底した効率化と人件費の抑制策でないだろうか。
このたび一般質問に立ち選挙期間中に頂いた市民からのご意見やご要望を市長に対し質問し、ご所見を賜るというものである。
市民の多くは「再開発事業や観光施設の建設、支所地域での文化施設の建設構想など大型事業が控えているが日常の暮らしを優先する市政運営にしなければ高齢者の生活はどうなるのか?」と言った内容の
要望と意見が多く、財政が厳しいのであれば大型事業の建設時期を後年度にしても市民生活を優先させてほしい」というものでした。
質問を通じて市長も「市民生活を優先した財政運営を行っていく」と明言されておりました。

今月も4月に続き市民からのお手紙(投書)をいただいた。
投書には市役所職員の時間外が無駄であるとの指摘であり、私の一般質問を聞いて「最小の経費で最大の効果を」という割には具体的な
指摘はなかったのが残念・・・と厳しいご意見をいただいた。
確かに一般質問の中には時間外のことは触れてはいないがこれまでの総務委員会、決算審査委員会で職員の定数管理や時間外時数など節目ごとに質問を行いながら市の姿勢を質してきたという自負があるだけに反論するわけではないが伝わっていないことが私自身、残念だった。

表題のとおり議会報告を兼ねたレポートを作成しましたのでご一読いただきご批判を仰ぎたいと存じます。
今日はこの辺で…
2019年6月議会レポートPDF「ダウンロードはこちら」

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2019/07/09 教え子の夏が終わった・・・

 梅雨明けが待ち遠しいこの頃、九州地方で被災された方に心からお見舞いを申し上げます。
水害を経験した一人として水害はなんとも言い難い避けたい災害です。

 さて、夏といえば高校野球ですが学童野球で一緒に汗を流した教え子の夏が昨日で終わった。
運動神経抜群のこの子は学童野球の5学年の秋、長岡市内大会で肘痛を訴え、翌日に通院し「箸より重たいものを持ってはダメ!」と、野球に対する事実上のドクターストッをかけられた。
チームのエースとして攻守の要だったこの選手の戦線離脱は1年だけの請負監督には酷な状況だった。

そこからチームの立て直しが始まった。怪我の功名じゃないが主力選手の怪我によって出番が増えた選手もいたがのち(中学校野球)に大活躍する掘り出し物の選手も現れた。
遊び癖のある選手も遊び相手がいなくなった?所為でチーム内での存在に自覚し始めた。
(今では公立高校野球部のエースである)
今までみんなで頼っていた選手の怪我は、チームの大きな変革期になったようだ。

怪我をさせてしまった責任も感じながらそれからというものは土日の連戦は避け、投手の肩の酷使は行わないことを決めた!
冬場の練習もつまらないらしく、怪我をした彼は練習時も仲間と別メニューなことからどうしても遊んでしまう…。  ある日私から遊んでいるならみんなの迷惑だから帰れ!といって彼は練習場を出た。
しばらくして母親が練習場に表れて「うちのDはどこ行ったんですか?」との問いに「家に帰しました」
「えーっ!家には帰ってきてませんよ」「どこで寄り道して遊んでいることか…」と誰も心配しなかった。
結局何事もなく無事が確認されたが、とにかく自由な子だった。

それから右がダメなら左でやれ!と冗談半分に言ったことを本気で取り組んで試合に出るまでになった時はこの子は野球が好きなんだなぁ〜と怪我した本人が一番辛かったのに・・・と大人気ない自分を反省した。

この子たちとは6年の春に新潟県選抜で準優勝を皮切りに最後はポップアスリート大会の関東大会まで駒を進めいい経験になった。素晴らしい子供たちと一所懸命な保護者の協力を得て本当にいい野球ができたと思っている。
その選手の最後の夏が今年である。お疲れさまでしたと労いの言葉しか思い浮かばないが・・・
残っている選手の応援に昨日負けた選手の分まで応援したい気持ちになった。
1日でも長く野球ができることを祈っている。

今、テレビでは、Gが接戦の末、Hに勝利した。久しぶりの興奮した勝ち試合だった。

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